ヤマグチレッカーの歴史

創業1984年。18歳になり、免許を取得。まず最初に運転したのがレッカー車でした。先代から、人として大事なことを教わったのは今から思えばレッカー車を通じてでした。先代と2人で苦しみながらも(事故も夜中も、正月も)レッカーサービスを続けてきたのは、車社会が日本を支え、車社会がスムーズになれば、人間社会がスムーズになると信じてきたから。

そのためにも、よりよいレッカー車にこだわり、「安全」「スピード」が向上できるレッカーを自社で造るようになりました。大げさかもしれませんがレッカー車が人生を教えてくれた。レッカー車が人間社会をスムーズにしてくれた。

だから、これからも日本の社会がスムーズになるように挑戦し続けます。そして今までの日本が恩返しできるには、これからのアジアに我々が学んだことを伝えること。アジアの新興国にスムーズな社会を送ってもらうために、僕らはレッカー車を通じて社会を支え続けます。

1984
創立者 山口富士雄は48歳で起業した

最初は自宅でレッカー業をスタート。
自宅の駐車場には、レッカー車の高さが合わなかった為、地面のコンクリートにタイヤの幅の溝だけ堀り、駐車していた。

日本初 油圧式アンダーリフトUIC-100導入
日本初 油圧式レッカーブームアンダーリフト式レッカーホルムス1102/DFT200導入

現社長山口喜久雄 米国研修

・テネシー州ニューバーンホルムス社
・テキサス州ダラスアップルトーイング社ウォルナットヒルトーイング

藤棚工場竣工(現藤棚営業所)

ホルムスSD8235型35トン 油圧式レッカー車導入

1990

日本初 ホルムス3210/MD8000型12トン 油圧式レッカー車導入

日本初 センチュリー1040S/SDU型40トンブーム旋回式レッカー車導入

日本初 センチュリー211型8トン小型レッカー車導入

現社長山口喜久雄専務取締役就任

日本初 チャレンジャーCH20T型20トン大型レッカー車導入

日本初 チャレンジャー8808/T50型50トン ブーム旋回式レッカー車導入

2000

日本初 後軸3軸大型レッカー車導入チャレンジャー9909/SDU2型70トンブーム旋回式大型レッカー車

山口喜久雄代表取締役社長就任(先代山口富士雄没により)

有限会社から株式会社へ変更

日本初 ヤマグチレッカー旋回を開発提案し、完成導入ホルムス600R型開発導入(16トンブーム旋回式)

日本初 センチュリーメトロ8トン小型レッカー導入

海外 シンガポールモーターショー出展
(シェプロン408T型小型レッカー)

2010
本牧工場竣工(現本牧営業所)

日本初 センチュリー1140型40トンレッカー導入
    ホルムス440PT8トン小型レッカー開発導入
    ポニフェイスULA型カーキャリア導入

日本初 センチュリー2465型12トン中型レッカー導入
・渋谷浩一執行役員就任(2017年9月病気により退任)

ホルムス440Y型8トン小型レッカー開発導入

11月 海外 ホルムス440Y型レッカー車シンガポールAASへ納入

日本初 センチュリー7035B型35トンレッカー導入

2015

センチュリー2465Y型12トン中型レッカー開発導入

日本初 センチュリー1150型50トン大型レッカー導入

日本初 センチュリー600RY型16トン中型レッカー開発導入

2016
横浜パシフィコ トラックショー出展
2017
海外 インドネシアモーターショー出展センチュリー 1135RXP いすゞCYH51S
デザイン設計部門設立
2018
横浜パシフィコトラックショー出展

日本初 ホルムス440YC(クレーン付)導入 センチュリー9055XL 50t発表

2019
阪神高速道路2台のレッカー車導入<br>22名のレッカーオペレーター養成
センチュリー1140/ニーブーム導入

「すべては未来の笑顔のために」

理念

最高のサービス、製品を提供し、社会への障害を可及的速やかに取り除き、社会活動の永続的円滑化を実現する。

ビジョン

人々の笑顔のために すべての流れを円滑に そして、停滞しない社会を実現する一途一心な会社を目指します。

指針

スムーズになるために、我々は笑顔になることを意識します。 笑顔になるために、価格は適正に、事前に確認します。 笑顔になるために、約束は守ります。できない約束は、最初にできないといいます。 笑顔になるために、人間成長に挑戦していきます。

背景

父からスタートして28年のレッカー。(1984年3月スタート)物心ついた時には、レッカーに乗っていた。18歳になり、免許を所得。最初に運転したのはレッカー車だった。父から、人として大事なことを教わったのは、今から思えばレッカーを通じてだった。